大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)142号 判決 1996年12月05日

神奈川県川崎市中原区上小田中1015番地

原告

富士通株式会社

代表者代表取締役

関澤義

訴訟代理人弁護士

宇井正一

同弁理士

古賀哲次

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

遠藤政明

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第10739号事件について平成6年4月21日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年2月10日、名称を「半導体装置の製造方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和59年特許願第21835号)をしたが、平成2年4月2日に拒絶査定がなされたので、同年6月28日に査定不服の審判を請求し、平成2年審判第10739号事件として審理された結果、平成6年4月21日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年5月25日原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

基板上に所定パターンの下層配線層を形成する工程と、

該下層配線層上及び該基板上に下層絶縁層を形成する工程と、

該下層絶縁層上に樹脂層を塗布して該下層絶縁層の凹部を埋め表面を略平坦化する工程と、

該樹脂層の全表面にエッチングを施して、表面の平坦性を保ったまま該凹部に樹脂を残しつつ該下層配線層の上方に存在する樹脂を除去する工程と、

該下層絶縁層及び残った該樹脂層上に上層絶縁層を形成して該樹脂層を該下層及び上層絶縁層で完全に包囲する工程と、

該下層配線層が形成された領域上であって、上層絶縁層及び下層絶縁層が接触する部分の両絶縁層をエッチングして開口部を設ける工程と、

該開口部を含む上層絶縁層上に上層配線層を形成して該上層配線層と下層配線層の間の電気的接続をとる工程とを含むことを特徴とする半導体装置の製造方法(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)本願第1発明の要旨は特許請求の範囲1項及び2項に記載されたとおりの「半導体装置の製造方法」にあると認められるところ、本願第1発明の要旨は、前項のとおりである。

(2)これに対して、昭和53年特許出願公開第60586号公報(以下、「引用例1」という。)には、

第1層配線及び基板の露出表面を覆ってPSG等の第1の絶縁膜を被着し、この絶縁膜の表面にポリイミド樹脂をスピンコートして塗布かつパターニングして、配線の側面及び該側面に被着した絶縁部分が作る段差部を埋めてなだらかになるように形成してから、全面にPSG等の第2の絶縁膜を被着し、第1層配線上の第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜に窓をあけ全面にアルミニウムを蒸着しかつパターニングして第2層配線を形成するようにした半導体装置の製造方法が記載されているとともに、吸着性(「吸湿性」の誤記と認められる。)及び基板との密着性に問題のあるポリイミド樹脂膜は第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜であるPSG膜で包まれ、段差部の緩和はポリイミド樹脂膜で、また吸湿性及び密着性はPSG膜でカバーされること、また、第1層配線の上面の両端を除く大部分では絶縁膜は第1及び第2の絶縁膜であるPSG膜のみとなり、第1層配線と第2層配線とを接続するための窓をあけるときエッチングが1回で済むこと

が記載されている(別紙図面B参照)。

また、昭和58年特許出願公開第96752号公報(以下、「引用例2」という。)には、

半導体装置の製造方法において、表面に凹凸のあるPSG等の絶縁膜上にポリイミド樹脂をスピンコート法により塗布して、PSG膜の凹凸を埋めてほぼ平坦に形成した後ポリイミド樹脂膜をPSG層の最上面が露出するまでエッチングして除去することにより、PSG膜の凹部をポリイミド樹脂により埋めてほぼ同一平面に形成すること

が記載されている(別紙図面C参照)。

(3)対比

本願第1発明と引用例1記載の発明とを対比すると、本願第1発明の表現に従えば、両者はともに、

基板上に所定パターンの下層配線層を形成する工程と、該下層配線層上及び該基板上に下層絶縁層を形成する工程と、該下層絶縁層上に樹脂層を塗布して該下層絶縁層の表面を略平坦化する工程と、該下層絶縁層及び該樹脂層上に上層絶縁層を形成して該樹脂層を該下層及び上層絶縁層で完全に包囲する工程と、該下層配線層が形成された領域上であって、上層絶縁層及び下層絶縁層が接触する部分の両絶縁層をエッチングして開口部を設ける工程と、該開口部を含む上層絶縁層上に上層配線層を形成して該上層配線層と下層配線層の間の電気的接続をとる工程とを含むことを特徴とする半導体装置の製造方法

である点において一致しているが、下記の点において相違する。すなわち、

本願第1発明が、下層絶縁層上に樹脂層を塗布し下層絶縁膜の凹部を埋め略平坦化する工程、次いで該樹脂層の全表面にエッチングを施して、表面の平坦性を保ったまま下層絶縁層の凹部に樹脂を残しつつ下層配線層の上方に存在する樹脂を除去する工程により、下層絶縁層の凹部にのみ樹脂層を残しているのに対して、引用例1記載の発明は、下層絶縁層上に樹脂層を塗布かつパターニングして段差部を埋める形状の樹脂層を形成するものである点

(4)判断

相違点について判断する。

一般に、多層配線を持つ半導体装置においては下層配線層が並行して複数本存在することは周知のことであり、並行する複数の配線のそれぞれの両側部によって形成される段差によりその表面が凹凸となるから、このような凹凸のある下層絶縁層上に、引用例1に記載されているように樹脂をスピンコートして塗布かつパターニングして段差部を埋めなだらかにすることは、流動性のある樹脂を凹凸のある下層絶縁層に塗布し樹脂が凹部を埋めその表面の凹凸をなだらかにすること即ち略平坦化することであるのは明らかである。そして、引用例1には、樹脂層が樹脂以外の材料からなる下層及び上層の絶縁層により包まれた形になること並びに下層配線上においては下層及び上層の絶縁層の間に樹脂層を介在させないようにすることも開示されている。

してみれば、引用例1記載の発明においては、凹凸のある下層絶縁層に樹脂を塗布しその凹部を樹脂層で埋め表面をなだらかに(すなわち、略平坦化)した後に、全面エッチングすることにより凹部にのみ樹脂層を残してはいないが、凹凸のある下層絶縁層の上に樹脂を塗布してその表面を略平坦とした後、下層絶縁層の凸部(すなわち下層配線)上の下層絶縁層が露出するまで樹脂層を全面エッチングすることにより下層絶縁層の凹部にのみ樹脂層を残す技術が引用例2に記載されているので、引用例1記載の発明において、凹凸のある下層絶縁層上に塗布した樹脂を凹部にのみ残す手段として、引用例2記載の技術を用いることは当業者が容易に想到し得ることである。

したがって、本願第1発明は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、引用例1記載の技術内容を誤認した結果、本願第1発明と引用例1記載の発明との一致点の認定及び相違点の判断を誤ったのみならず、本願第1発明が奏する顕著な作用効果を全く考慮することなく、本願第1発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

審決は、引用例1には「第1の絶縁膜(中略)の表面にポリイミド樹脂をスピンコートして塗布かつパターニングして、配線の側面及び該側面に被着した絶縁部分が作る段差部を埋めてなだらかになるように形成」することが記載されているとしたうえ、本願第1発明と引用例1記載の発明は「下層絶縁層上に樹脂層を塗布して該下層絶縁層の表面を略平坦化する工程」を含む点において一致すると認定している。

しかしながら、引用例1記載の発明は「第1層配線(中略)の側面に接する(中略)絶縁膜部分に生じる段差部をポリイミドで埋めてなだらかに」(1頁左下欄5行ないし7行)することを特徴とするものであるが、実施例の説明として「ポリイミド膜4(中略)はその上端は配線1の上面の周辺一部まで延び」(2頁左上欄8行ないし10行。別紙図面Bの第3図)、「窓あけのとき行なうマスク合せの精度が悪くて一方にずれた場合にはポリイミド膜4が保護層となり、配線1の側面の絶縁膜3がエツチングされて該部分に孔があくといった欠陥が生じるのを避けることができる。」(同頁左下欄7行ないし12行)と記載されていることから明らかなように、ポリイミド膜4を第1の絶縁膜(以下「下層絶縁層」という。)3の上全面に形成せず、第1層配線(以下「下層配線層」という。)1の上には一部にのみ形成することに技術的意義があるものである。その結果、下層配線層1の上に形成されたポリイミド膜4の最上面と、下層絶縁層3の上に形成されたポリイミド膜4の最下面との段差が大きく、したがって、「ポリイミド樹脂をスピンコートして塗布かつパターニングして、配線の側面及び該側面に被着した絶縁部分が作る段差部を埋めてなだらかになるように形成し」ても、下層配線層1から下層絶縁層3にかけての段差は依然として大きいから、引用例1記載の発明が要旨とする「段差部をポリイミドで埋めてなだらかに」するとは、段差部の傾斜の度合いを緩やかにすることに止まる。このような構成は、本願第1発明が要旨とする「下層絶縁層の凹部を埋め表面を略平坦化する」構成と技術的に等価とはとうていいえない。

したがって、本願第1発明と引用例1記載の発明は「下層絶縁層上に樹脂層を塗布して(中略)下層絶縁層の表面を略平坦化する工程」を含む点において一致するとした審決の認定は誤りであり、かつ、「凹凸のある下層絶縁層上に、引用例1に記載されるように樹脂をスピンコートして塗布かつパターニングして段差部を埋めなだらかにすることは、流動性のある樹脂を凹凸のある下層絶縁層に塗布し樹脂が凹部を埋めその表面の凹凸をなだらかにすること即ち略平坦化することである」という審決の判断も、失当といわねばならない。

この点について、被告は、引用例1記載の発明においてはポリイミド膜4を下層配線層1上には一部にのみ形成することは必須要件でないと主張する。

しかしながら、引用例1には配線層は単一の配線層しか記載されておらず、かつ、複数の下層配線層間の凹部も記載されていないのであって、単に、下層配線層(凸部)の側面に接する下層絶縁層に生ずる段差部をなだらかにする方法として、凸部の両側にのみポリイミド膜4を形成し、その一部が下層配線層上にかかるようにすることが開示されているにすぎない。下層配線層が平行に複数配置されるとしても、その間隔が広ければ、引用例1記載のように配線によってできる凸部の両側に樹脂層が形成されるにすぎない。このような構成が、本願第1発明が不可欠の要件とする「下層絶縁層上に樹脂層を塗布して該下層絶縁層の凹部を埋め表面を略平坦化する工程」と全く異質のものであることは明らかである。

(2)相違点の判断の誤り

引用例1記載の発明は、前記のように、ポリイミド樹脂を塗布しパターニングして、下層配線層の側面における下層絶縁層の段差部を埋めるとともに、樹脂層を下層配線層の上の一部にも形成するタイプの技術である。このタイプの技術においては、下層絶縁層の上全面に樹脂膜を形成したうえ、エッチングによりその一部を除去して表面の平坦化を図ることは、明らかに無意味である。

これに反し、引用例2記載の発明は、下層絶縁層の上全面に樹脂膜を形成したうえ、エッチングによりその一部を除去して、表面の平坦化を図るタイプの技術であるが、同発明においては、樹脂膜を形成する前に、下層絶縁層にスルーホールを開口する必要がある。

このように、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とは、タイプが全く異なる技術であるうえ、引用例1記載の発明はそれ自体完結した技術であって、これに引用例2記載の技術的事項を組み合わせなければならない理由は見当たらない。

のみならず、本願第1発明が要旨とする、樹脂層を下層及び上層絶縁層で完全に包囲するために下層配線層の上方に存在する樹脂を除去するという構成は、

<1> 引用例1には凹部にのみ樹脂を残す技術的思想が開示されていないこと

<2> 引用例1記載の樹脂を選択的に形成する方法はマスクプロセスであって、引用例2記載の方法とは異なること

<3> 引用例1記載の発明においては下層配線層の上の一部に樹脂層を形成することに技術的意義があるが、引用例2記載の発明は、下層配線層の上の樹脂層をすべて除去することを技術内容とするものであるから、発想が全く逆であること

<4> 本願第1発明によればマスクプロセスなしで自己整合的に樹脂層を上下の絶縁層で完全に包囲することができるが、そのような構成及び効果は引用例1、2のいずれにも記載されていないこと

からすれば、引用例1及び引用例2記載の各技術的事項を組合わせることによって得られる範囲を越えるものであることが明らかである。

したがって、「引用例1記載の発明において、凹凸のある下層絶縁層上に塗布した樹脂を凹部にのみ残す手段として、引用例2記載の技術を用いることは当業者が容易に想到し得ることである。」とした審決の判断は、誤りである。

(3)本願第1発明が奏する作用効果について

半導体装置において下層配線層の段差を残したままで上層配線層を形成すると、上層配線層が断線するおそれがあるので、両配線層の間の絶縁層を平坦に形成することが長い間の課題とされてきたが、工業的に実用化できる技術は本願第1発明以前には存在しなかった。

本願第1発明によれば、下層及び上層絶縁膜の形成工程には何ら特殊な手法を必要としないし、不要な樹脂層の除去工程も、マスクプロセスは必要なく、全表面にエッチングを施す簡便な手法を採用しているので、工業的に特に困難な工程が全く存しない。それにもかかわらず、本願第1発明によれば、樹脂層と配線層とが直接接触せず、配線への悪影響を防止できるという工業的に非常に有利な作用効果が奏され、高品質の半導体装置を高効率で製造することができる。その結果、本願発明は、高集積化された半導体装置の製造において大々的に実施されており、業界においては今や不可欠の技術として位置付けられているものである。このことは、本出願前には、本願第1発明に類する技術内容の発明の特許出願が皆無であったのに、本出願後は、本願第1発明に類する技術内容の発明の特許出願あるいは学術文献が続出していることから明らかである。

この点について、被告は、樹脂層と配線とが直接接触せず、配線への悪影響を防止できるという作用効果は、樹脂層が下層及び上層絶縁層で完全に包囲される構造とするためにいかなる手段を用いたかによって左右されるわけではないと主張する。

しかしながら、樹脂層が下層及び上層絶縁層で完全に包囲される構造とするためにいかなる手段を採用するかによって、樹脂層包囲の完全性が格段に異なってくる。すなわち、本願第1発明によれば、樹脂層の全表面にエッチングを施すことによって自己整合的に下層配線層の上の樹脂層が除去されるから、その上に上層絶縁層を形成すれば、樹脂層は完全に両絶縁層に包囲される。これに反し、引用例1記載の発明は、マスクプロセスを使用して不要な樹脂層を除去するものであって、「窓あけのとき行うマスク合せの精度が悪くて一方にずれ」(2頁左下欄7行ないし9行)るようなことも生じうるから、被告の前記主張は当たらないというべきである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

引用例1には、多層配線を持つ半導体装置において、下地の段差による上層配線層の断線を解決するために、下層配線層を下層絶縁層で覆い、下層配線層の側面に接する下層絶縁層に生じる段差部をポリイミド樹脂で埋めてなだらかにし、その上を上層絶縁膜で覆い、上層絶縁層の上に上層配線層を形成することが記載されており、その具体例として、下層絶縁層の表面にポリイミド樹脂をスピンコートにより塗布かつパターニングして、下層配線層の側面に被着した下層絶縁層が作る段差部を埋めてなだらかにするようにポリイミド膜を形成することが記載されている。

この点について、原告は、引用例1記載の下層配線層1の上に形成されたポリイミド膜4の最上面と、下層絶縁層3上に形成されたポリイミド膜4の最下面との差は依然として大きいことを指摘する。

しかしながら、引用例1記載の発明は、上層配線層を形成する部分の表面の段差を少なくしてなだらかにすることを技術的課題(目的)とするものであるところ、下層絶縁層3の上にポリイミド樹脂を塗布かつパターニングすれば、下層絶縁層3の表面の段差が小さくなることは明らかである。すなわち、引用例1記載の発明における段差は、下層配線層の側面に接する下層絶縁層の部分に現れるものであるが、段差の程度は上面と下面の高さの差だけでなく、各面の間の距離も関係しており、上面と下面との間の勾配により決まるものであって、両者の間の勾配を小さくすることが段差をなだらかにすることであり、このことが「表面を平坦化」することにほかならない。引用例1記載の発明においても、ポリイミド膜の形成によって段差を構成する上面と下面との間の勾配が緩やかになり、「表面が略平坦化」されることに変わりはないのである。

そして、本願第1発明においても引用例1記載の発明においても、樹脂層は、スピンコート(すなわち、樹脂層を形成しようとする基板を回転させ、その上方から流動性のある樹脂を適量滴下した後、熱処理により樹脂を硬化して形成するもの)によって形成される点において差異はない(引用例1の「膜4はその(中略)下端は段差部を上層配線の断線が生じないようになだらかに埋めるに必要な程度延びるようにする。」(2頁左上欄9行ないし12行)という記載はこのことを表している。)。本願第1発明と引用例1記載の発明とは、単に、下層配線層の側面に接する下層絶縁層に現れる段差部を樹脂で埋めて表面を平坦化する具体的手段において差異があるにすぎない。ちなみに、半導体装置の多層配線層の形成に際して、下層配線層によって生ずる凹凸を樹脂あるいはSOG(塗布ガラス)等の液状物質を塗布して略平坦化することは、例えば昭和52年特許出願公開第49772号公報(甲第11号証)にみられるように、本出願前の慣用手段にすぎない。

なお、原告は、引用例1記載の発明においてはポリイミド膜4の一部を下層配線層1の上に形成することに技術的意義があると主張する。

しかしながら、引用例1記載の発明においては、ポリイミド樹脂によって段差部を埋めることが必須要件であって、ポリイミド膜4を下層配線層1の上には一部にのみ形成することは必須要件でないことは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。さらにいえば、本願第1発明については昭和60年4月1日付け手続補正書(甲第7号証)によって「発明の詳細な説明」の欄の記載について補正がなされ、明細書の「エッチングは下層配線層13の上方に樹脂がなくなるまで行なう」(7頁4行、5行)という記載が、「エッチングは少なくともスルーホールを形成すべき位置の下層配線層13の上方に樹脂がなくなるまで行なう」(上記手続補正書2頁12行、13行)と改められたのであるから、本願第1発明が要旨とするエッチングは、下層絶縁層の凹部にのみ樹脂を残すものに限定されているわけではない。

ちなみに、原告は、引用例1には配線層は単一の配線層しか記載されておらず、複数の下層配線層間の凹部も記載されていないと主張する。しかし、多層配線層における下層配線層が単一であることはありえず、互いに平行に設けられる複数の下層配線層間に凹部が形成されることは、引用例1に「集積回路の集積度が上がるにつれて配線は多層化の傾向にあり、(中略)このような多層配線では下地の段差によるアルミ配線の断線が問題である。」(1頁右下欄1行ないし6行)と記載されているように、技術常識にすぎない。

2  相違点の判断について

前記のとおり、引用例1には、下層配線層を下層絶縁層で覆い、下層配線層の側面に接する下層絶縁層に現れる段差部をポリイミド樹脂で埋めてなだらかにし、その上を上層絶縁層で覆うことにより樹脂層が露出しないようにして、上層配線層の下地表面をなだらかにすることが記載されているのであるから、樹脂層を段差部のみに残す手段として、引用例2記載のように、凹凸のある下地表面にポリイミド樹脂をスピンコートしてほぼ平坦化した後、段差部の最上面が露出するまで全面をエツチングして凹部にのみ樹脂層を残す技術を適用することは、当業者が容易に想到しうることである。

この点について、原告は、引用例2記載の発明では樹脂膜を形成する前に下層絶縁層にスルーホールを開口する必要があると主張する。

しかしながら、審決が引用例2から援用した技術内容は、凹凸のある下地表面にポリイミド樹脂をスピンコートしてほぼ平坦化した後、全面をエツチングして凹部にのみポリイミド樹脂を残す技術のみである。したがって、スルーホールをどの時点で開口するかの点は、審決が援用した技術内容に含まれていないから、原告の上記主張は失当である。

3  本願第1発明が奏する作用効果について

原告は、本願第1発明は、樹脂層の全表面にエッチングを施すという簡便な手法によって、樹脂層と配線層とが直接接触せず、配線への悪影響を防止できるという工業的に非常に有利な作用効果が奏されると主張する。

しかしながら、樹脂層と配線層とが直接接触せず、配線への悪影響を防止できるという作用効果は、樹脂層が下層及び上層絶縁層で完全に包囲される構造から得られるのであって、そのような構造とするためにいかなる手段を用いたかによって左右されるわけではない。そして、引用例1には、「PSG膜でポリイミド膜を包み、ポリイミド膜は配線とは接触しない形にする」(2頁右上欄17行、18行)ことが記載されているし、「樹脂層の全表面にエッチングを施して、表面の平坦性を保ったまま該凹部に樹脂を残しつつ該下層配線層の上方に存在する樹脂を除去する」という本願第1発明の構成は、前記のように引用例2に明確に記載されているのであるから、原告が主張する作用効果は、本願発明に特有のものとはいえない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の明細書)、第3号証(平成5年10月4日付け手続補正書)及び第7号証(昭和60年4月1日付け手続補正書)によれば、本願第1発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願第1発明は、半導体装置の製造方法、特にその配線層の形成方法に係るものである(明細書1頁17行、18行)。半導体装置における従来の一般的な配線方法は、例えば第1図のように、表面を二酸化シリコン(SiO2)膜2で絶縁された半導体基板1上に、アルミニウム合金層を被着しパターニングして下層配線層3とする。次いで、全面にPSG(リンシリケートガラス)層を形成して層間絶縁膜4とする。そして、層間絶縁膜4に必要なスルーホールを開孔した後、全面に再びアルミニウム合金層を被着しパターニングして上層配線層5とする。このような配線方法では、下層配線による表面の激しい凹凸部分(すなわち、下層配線層3の肩部における段差(ステップ)や、下層配線層どうしの間隔が狭い部分の上方)において、上層配線層5の被覆性(カバレージ)が十分でなく、配線が部分的に薄くなり、断線や電流集中による溶断、マイグレーションの原因となる(同1頁20行ないし2頁16行)。

こうした配線不良を防止するために、PSG層を形成後、樹脂を全面に塗布することによって、上層配線層の下地表面を平坦化する技術が提案されているが、単に樹脂を塗布しただけでは、上層配線層のアルミニウム合金が、直接下側の樹脂あるいはスルーホール中の樹脂と接触して化学反応を起こすおそれがあり、また、樹脂層がその後の工程で薬品やガスにさらされてクラックが発生したり、エッチングされるおそれがあり、実用に供するには十分でなかった(同2頁17行ないし3頁6行)。

本願第1発明は、以上のような従来技術に鑑み、ステップカバレージの良好な多層配線を提供することを目的とする(同3頁8行ないし10行)。

(2)構成

本願第1発明は、上記目的を達成するために、その要旨とする構成を採用したものである(平成5年10月4日付け手続補正書6枚目2行ないし7枚目1行)。

すなわち、下層配線層を形成後、まず下層絶縁層で全面を覆い、その上に耐熱性の樹脂を塗布して上端面を平坦化する。次いで、樹脂及び下層絶縁層に対するエッチング速度を実質的に等しくコントロールしてエッチングする。こうしてコントロールエッチングを行えば、エッチングされて現れる表面は平坦なままである(明細書3頁12行ないし20行)。そして、下層配線層が露出するとき、下層配線層の凹部は樹脂で埋め込まれている。このエッチングは、少なくともスルーホールを形成すべき位置の下層配線層上方に存在する樹脂がなくなるまで行う。これは、上下の配線層をスルーホールを通して接続する場合、配線のアルミニウム等がスルーホール中で樹脂と接触するのを回避するためである(昭和60年4月1日付け手続補正書2頁8行ないし13行、明細書4頁1行ないし5行)。コントロールエッチング後、再び下層絶縁層(「上層絶縁層」の誤記と考えられる。)で全面を覆うと、樹脂は上下の絶縁層の中に埋め込まれるので、汚染や、以降の工程において薬品やガスにさらされるおそれがなくなる。下層絶縁層(「上層絶縁層」の誤記と考えられる。)の表面は、下地表面が平坦であるから平坦になり、その上に形成する上層配線の断線等の配線不良は防止される(明細書4頁5行ないし11行)。

(3)作用効果

本願第1発明によれば、下層配線に基づくステップが層間絶縁層の形成段階で平坦化されてなくなるので、上層配線の断線等の配線不良が防止され、かつ、層間絶縁層を平坦化するために用いた耐熱性樹脂は、良好な絶縁層の内部に埋め込まれるので、樹脂の存在に基づく種々の不都合も解消され、実用的で良好な多層配線を得ることができる(明細書8頁15行ないし9頁3行)。

2  一致点の認定について

原告は、本願第1発明と引用例1記載の発明は「下層絶縁層上に樹脂層を塗布して(中略)下層絶縁層の表面を略平坦化する工程」を含む点において一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。

そこで検討するに、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例1記載の発明は「第1層配線を第1の絶縁膜で覆い、該配線の側面に接する該絶縁膜部分に生じる段差部をポリイミドで埋めてなだらかにし、その上を第2の絶縁膜で覆い、該第2の絶縁膜上に第2層配線を形成してなることを特徴とする半導体装置」(1頁左下欄5行ないし10行)を特許請求の範囲とするものであり、その実施例として、「絶縁層3の表面にポリイミドを塗布かつパターニングして第3図に示す如く、即ち配線1の側面1aおよび該側面に被着した絶縁膜部分が作る段差部を埋めてなだらかにするようにポリイミド膜4を形成する。この膜4は(中略)下端は段差部を上層配線の断線が生じないようになだらかに埋めるに必要な程度延びるようにする。」(2頁左上欄5行ないし12行)と記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。

このように、引用例1には、「下層絶縁層上に樹脂層を塗布して下層絶縁層の表面を略平坦化する工程」が開示されていることは明らかである。

この点について、原告は、引用例1記載の発明はポリイミド膜を下層絶縁層の上全面に形成せず、下層配線層の上には一部にのみ形成することに技術的意義がある結果、下層配線層から下層絶縁層にかけての段差は依然として大きいから、本願発明が要旨とする「下層絶縁層の凹部を埋め表面を略平坦化する」構成と等価とはいえないと主張する。

しかしながら、本願第1発明は、上層絶縁層の下地表面を「略平坦化」することのみを要旨としているのであって、「平坦」の程度を限定ないし規定しているわけではないから、前記のように「ステップカバレージの良好な多層配線を提供」(明細書3頁8行、9行)しうる程度の下層絶縁層の表面ならば、「略平坦化」されたものと解さざるをえない。一方、引用例1に、ポリイミド膜を形成して「段差部を上層配線の断線が生じないようになだらかに埋める」(2頁左上欄10行、11行)と記載されていることは前記のとおりである。したがって、引用例1記載の発明において、ポリイミド樹脂を塗布かつパターニングした後に、下層配線層が存在する部分と存在しない部分との段差が相当程度残るとしても、樹脂塗布の工程前よりも下層絶縁層の表面が「なだらか」になることはまぎれもない事実であるから、それが本願第1発明が要旨とする「略平坦化」に該当しないとする理由はない。

この点について、原告は、引用例1記載の発明は「窓あけのとき行なうマスク合せの精度が悪くて一方にずれた場合」のために、ポリイミドを下層絶縁層の上全面に形成せず下層配線層上には一部にのみ形成することに技術的意義があると主張する。しかしながら、引用例1記載の発明は、前記のとおり、「絶縁膜部分に生じる段差部をポリイミドで埋めてなだらかに」することに技術的意義を有するものであって、上記の点は、マスク合せの精度が良好なときは考慮する必要がない事項であることは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。この点に関連して、原告は、引用例1には単線の下層配線層しか記載されておらず、かつ、複数の下層配線層の凹部も記載されていない旨主張するが、一般に多層配線を持つ半導体装置において下層配線層が並行して複数本存在することは周知の事実であり(このこと自体は原告も争っていない。)、引用例1の実施例を図示した別紙図面Bに下層配線層として1本の配線のみが示されているからといって、その実施例の下層配線層が1本のみであるとはいえないし、引用例1の前記特許請求の範囲の記載に照らしても、引用例1記載の発明が下層配線層間に平坦化される凹部が形成されるものを含んでいることは明らかである。

よって、審決の一致点の認定の誤りをいう原告の主張は、失当である。

3  相違点の判断について

原告は、凹凸のある下層絶縁層上に塗布した樹脂を凹部にのみ残す手段として引用例2記載の技術を用いることは当業者が容易に想到しうるとした審決の判断は誤りであると主張する。

そこで検討するに、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例2記載の発明は、「多層配線を形成する工程を含む半導体装置の製造方法において;半導体基板上に下層配線層を形成する工程、前記半導体基板上並びに下層配線層上に第1の絶縁層を被着形成する工程、前記下層配線層上の第1の絶縁層に層間接続孔を形成する工程、前記第1の絶縁層上にポリイミド系樹脂よりなる第2の絶縁層を前記第1の絶縁層の表面に存在する凹部を埋めて第1の絶縁層とほぼ同一表面を形成する如く被着形成する工程、前記層間接続孔内の前記第2の絶縁層を除去する工程、前記絶縁層上に上層配線層を形成する工程を含むことを特徴とする半導体装置の製造方法」(1頁左下欄5行ないし16行)を特許請求の範囲とするものであり、「第1の絶縁層上にポリイミド系樹脂よりなる第2の絶縁層を前記第1の絶縁層の表面に存在する凹部を埋めて第1の絶縁層とほぼ同一表面を形成する如く被着形成する工程」の実施例として、「ポリイミド50を(中略)スピンコート法によってPSG層30上及びスルーホール部Bに塗布する。この塗布によって形成されたポリイミド50は前記PSG層30に生じていた凹凸を埋めてほぼ平坦に形成される(第3C図)。次に塗布されたポリイミド50をPSG層30の最上面(頂面)が露出する迄エッチングにより除去する(第3D図)。」(2頁左下欄16行ないし右下欄4行)と記載されていることが認められる(別紙図面C参照)。

このように、引用例2には、審決が認定するとおり、「下層絶縁層の凸部即ち下層配線上の下層絶縁層が露出するまで樹脂層を全面エッチングすることにより下層絶縁層の凹部にのみ樹脂層を残す技術」が開示されていることが明らかである。引用例2記載の発明が「第2の絶縁層を(中略)第1の絶縁層とほぼ同一表面を形成する如く被着形成する工程」に先立って「下層配線層上の第1の絶縁層に層間接続孔を形成する工程」を要件としていることは、引用例2から上記技術を把握することの妨げとなるものではない。

そうすると、引用例1記載の発明において、その下層絶縁層上に樹脂層を塗布かつパターニングして段差部を埋める形状の樹脂層を形成することに代えて、引用例2記載の上記技術を適用し、相違点に係る本願第1発明の工程を採用することは、当業者ならば容易に想到しえた事項と解することができる。そして、前掲甲第4号証によれば、引用例1には「ポリイミド膜は吸湿性および基板との密着性で問題がある。この点本発明のようにPSG膜でポリイミド膜を包み、ポリイミド膜は配線とは接触しない形にすると、(中略)吸湿性および密着性はPSG膜によりカバーされ、(中略)優れた絶縁層が得られる。」(2頁右上欄15行ないし左下欄1行)と記載されていることが認められるから、引用例2記載の技術を適用した後に、上層絶縁層を設けてポリイミド膜を包むこと、特に、下層配線層の上については、「ポリイミド膜は配線とは接触しない形にする」ために、配線層上に存在する樹脂を除去しなければならないことも、明らかである。

この点について、原告は、引用例1記載の発明において下層絶縁層の上全面に樹脂層を形成したうえエッチングによりその一部を除去して表面の平坦化を図ることは明らかに無意味であると主張する。原告のこの主張は、引用例1記載の発明においては下層配線層上の一部における樹脂層の形成に意味があることを論拠とするものと解されるが、このことと、下層絶縁層の表面をさらに平坦にすることとは何ら矛盾するところがないから、原告の上記主張は当たらない。

また、そもそも引用例1記載の発明が「絶縁膜部分に生じる段差部をポリイミドで埋めてなだらかに」することに技術的意義を有するものであって、下層配線層上の一部における樹脂層の形成は、マスク合せの精度が良好なときには考慮する必要がない事項であり、原告の上記主張が当たらないことは前記のとおりでる。

よって、相違点に係る審決の判断に誤りはない。

4  本願第1発明の作用効果について

原告は、本願第1発明は樹脂層の全表面にエッチングを行うという簡便な手法によって、樹脂層と配線層とが接触せず、配線への悪影響を防止できるという顕著な作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、樹脂層の全表面にエッチングを行うことによって下層絶縁層の表面を平坦化することは、前記のとおり引用例2に記載されているし、樹脂層と配線層とを接触させず配線への悪影響を防止することも、前記のとおり引用例1に記載されているところである。したがって、原告が主張する作用効果は、当業者が引用例1記載の発明において引用例2記載の前記技術を適用することによって予測し得た範囲内のものにすぎず、本願第1発明に特有のものということはできない。

5  以上のとおりであるから、審決の認定判断は正当として肯認しうるものであって、本願第1発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

第1図は従来方法による配線部の断面図、第2図~第7図は本発明の実施例を説明するための工程順の配線部の断面図である。

11…半導体基板、12…SiO2膜、13…下層配線層、14…下層絶縁膜、15…耐熱性樹脂、16…上層絶縁膜、17…上層配線層。

<省略>

別紙図面 B

1…第1層配線 3…第1の絶縁膜 4…ポリイミド膜5…第2の絶縁膜 7…第2層配線

<省略>

別紙図面 C

1、10…シリコン基盤 2、20…第1層目のアルミニウム配線層 3、30、30'…PSG層 4、40…第2層目のアルミニウム配線層 5、50…ポリイミド 6、60、70…ブォットレジスト

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例